あとがき

 二〇〇三年度の前学期、私は共通教育科目(むかし教養教育科目といっていたもの)の法学を担当することになった。前々から私は、マンガを素材に法学への導入はできないものか考えていたので、思いきってこれを試みることとした。私の意図は、「第一講」にも書いたが、毎年大学の教養科目として多くの学生が「法学」を受講するのだが、「法学」に興味をもつことができず未消化のまま専門移行あるいは卒業してしまう学生が少なからずいるのを、なんとかしたいという一点である。「法学もけっこう面白いじゃないか」と興味を持ってもらうこと、それが出発点になる。マンガはそのための有力な手段になるのではないか、というのが私の目論見であった。

 講義がはじまったところ、人気は上々で、定員一五〇名のところ、約二倍の受講希望者が集まった。抽籤をして、半分の人には登録をあきらめてもらった。しかし、授業は毎回手探りだった。まず第一に、どのマンガ作品を取り上げるかが問題だった。『ナニワ金融道』や『家栽の人』は、定番だからすぐに決まったが、法学の各分野を万遍なく取り上げたいと思っていたから、それに対応する作品の選定には、苦労した。前々から目をつけていたもの、新たに書店で見つけたもの、他の先生からの推薦によるもの、いろいろだったが、ご覧のような構成になった。いささか心残りの点(労働法を取り上げられなかった、少女マンガを一点は入れたいと思いながら果たせなかった、など)はあるが、バラエティに富んだまずまずのラインアップになったのではないかと自讃している。

 取り上げる作品が決まったあとも、①そのマンガ作品を読み通す、②作品の中から法的な問題点を探し出す、③法学上の問題について調査する、のような作業が必要で、通常の授業のに比べて準備に約三倍の手間ヒマがかかった。しかしこれは、一面では楽しい作業だった。

 講義が終わりに近づいたころ、新日本出版社編集部の角田真己氏から、面白そうだから本にしませんかとの誘いを受けた。多少の躊躇がないではなかったが、是非やるべきだと支持される方もおり、思いきって本にすることにした。「法学」アレルギーの解消、「法学」リテラシーの向上にいくぶんなりとも資することがあれば、これに過ぎる喜びはない。

 なお、本書の作製には多くの方の助力をいただいた。作品の選定には、静岡大学の橋本誠一教授(第一二講『どんぐりの家』に関して)、島根大学の居石正和教授(第八講『ホカベン』に関して)からご提案をいただいた。愛媛大学の同僚の方々、とくに宮崎幹朗教授、鈴木静助教授、渋谷光義助教授、松原英世助教授、の各先生方には、それぞれの専門分野につき誤りがないかどうか点検いただいた。感謝申し上げる。しかし、最終的な文責が筆者にあることは、言うまでもない。

 最後に、新日本出版社の角田真己氏には本書の企画の段階から一切の作業のお世話になった。お礼申し上げたい。

 二〇〇四年一月

                      矢野 達雄