良いレポートの例 2002年(平成14年)

 日本語学[前期]

 前期のレポートで満点をつけた者(良く書けているレポート)は
71名中25名でした。
 約三分の一ですが、この比率は毎年変わりません。
 
 基本は、文章を読んで、採点者が序論・本論・結論に分けることができ、
なおかつ、それぞれの部分に相応しいことが書かれていることです。
これだけ守ればレポートで悪い点がつくことはありません。
(分量が多い、少ないはほとんど関係がありません) 

 どう書いたら大学の先生が評価する「良いレポートになるのか」が
分からない人は、以下の例を見て参考にしてください。

目次
4年生 3年生 2年生 1年生

(なお、学生のレポートを旧式のスキャナで読みとっているので、
文字がうまく変換できていないところがあります。
また、文字の小さいレポート、手書きのレポートはスキャナに
載りませんでした。)


4年生

「セブンイレプン商品におけるネーミングの特徴」
4年男子
序論   セブンイレプンには、数々の商品がならんでいる。女料品から雑貨、たばこ、お菓子等さまざまである。最近では,CDやゲ山ム、DVDソフト、インターネットを活用した買い物も出来るようにな→ている。そこで私は、数ある商品のネ}ミングに注目してモノとナマエの特徴をとりあ.げることにした。
本論  まず私はくまなく店内を歩き回りファーストインプレッションを感じとろうとおもった.そうして感じたことは、圧倒的に西洋語が多いということだ。なかでも雑誌やコミックは見た感じ90%近い商品が西洋簿であったD雑誌のすぐそばに陳列されている整襲料コ←ナー、栄養ドリンクコーナーも同様にかなりの割合で西洋語であった.ファッション誌は、やはり環代の流行や、そこから発信される情報という点で目新しさを消費者にいかに伝えるかというところで西洋帝のもつ言葉の響き、視覚効果がうまく表現できていると感じた。あと、わずかながら全部漢語のものもあったが、ここでは週刊文春、週刊曳代、週刊新潮などは、ファッション誌さながらの派手さはないものの、文章を羅列している雑誌としてうまく周りから隔離された感じで余計に目をひいていた。文字で勝負する例えば、ここであげたほかに新湘類は漢語が多い。逆にスポーツ新聞ははやりのメディアに目をむけているため、目新しさという点で意執的に漢静をカタカナになおすことによって、漢語の持つ堅いイメージを和らげていると考えた。
  青葉の由来という点で最も分かり易く表れていたのが弁当や惣菜のコーナーであった。大体、ネーミングを見ただけで日本元来からある食べ物なのか、それとも海外から伝わったものなのかが識別できる。ここのコーナーは見た感じ漢語が大半をしめていた.幕の内弁当、春雨、鮭弁当、中華丼、炭火焼き鳥丼、軟骨のから揚げ等である。西洋藩のおもな例は、カレーライス、ナポリタンスパゲッティー、ドリア、サンドイッチ類、カマンべ−ルチーズ等である。ここのコーナーは比較的全べ物の由来を考えるとネ}ミングの由来も自然とわかってくる。完璧なほど西洋静になっているのが、デザート類である。もともと日本にはなかったものなのでそれほど違和感はなかったが、目を引くという点であまりにもカタカナを流用しすぎて目立たなく、インパクトにかけていると感じた.西洋語は目新しさを表現できるものだと思うが、最近はあまりにも多すぎて商品のパッケ】ジと同化して大袈裟かもしれないが、背景として見ているような気がしてならない.飲料水コーナーはお末系以外はほぼ西洋語であった。数ある商品のなかで、生茶、爽腱実六、附き茶などを見た時は、正直いりてホットした自分がいた.西洋語がどんどんと広がるなかで、日本の言葉の行き所がなくなるのはかなしいことだ。          ‖
結論  このように色々みてきたが、今一番感じていることは和語がほとんどといっていいほどなかったこと。餅や梅、きなこ、枝豆、といったように数えるほどしかなかった。しかしそのぶん視覚的に目立→ていた.それと同時に数ある西洋藷の中での和語や漢語は温かみがあり柔らかさがあると感じた.文字がひとに及ぼす労響はおもしろいとおもった。週刊なのかウイークウリイーなのか、それだけでも商品のイメージ、人に与える印象は違ってくる。また、和語、漢語、西洋藷を混合させている商品も多かった。特に小さい子供が好みそうなお菓子コーナーは視覚的に喜ばせるためそういう混合が多かった。今回調べてみて青菜うんぬんより視覚的にどのように映るかということを考えさせられた.西洋語が広まりすぎて全ての言葉を日本語としてうけいれている人が多いだろう。私もその内のひとりである。こういう時だからこそ、和語、漢語の響きや形が人に卑えるやわらかさや、あたたかさを再確認して日本語ブームが巻き起こればより、おもしろみのある世の中になるのではないか。

「元気なときに聴く曲と落ち込んだときに聴く曲の歌詞の違い」
4年男子
序論  甲高武サ顔壷二Z西洋語にはき石よす面言責有高竜宮盲南 ̄三石さ古語ち古市盲有高i盲て面く面面面面盲薩ち〒繭こ元高盲音盲面う二 ̄両丁完夷面面ご面て面妄丁重高豆訂専e福面▼さ面て面両面面盲云南蛮一儀釘南海高表書】き示らいの比重亨由青く編有高e二面南正面 ̄毒気高面三商て面た1面こ▼盲藷面粛多そ面そきそ二¶儀盲 込んでいる時に聞て面正面面裔が多n由そモ▲盲首il高元そi ̄i盲高専二 ̄亨示面 ̄ら面モ兎云す斬 ̄ ̄面責∴元気な痔「三面て1画面表示直そ面モて有高葺こ ̄ ̄薗痕青面三面R址面三南蛮示多r由モて高音両面た頭裔二仙南蕗面 ̄も ̄盲;− なり出てくるのではないかと考える。それは、今の時代では歌詞に西洋語を含むものが数多くあり、一般的になってき ているのではないかと考えるからである。
本論 元気な時の歌:ゴーイング my 上へ / 声VRFACE

 和語:言う、弱音、吐く、次、上、悩み、小さい、落ちる、白、手、逃げる、出る、事、出来る、前
                                           計 15個  (約43%)
 漢語:自信、本当、無理、後悔、愚痴、失敗、具合、三角コーナー、自分、簡単、中途半端、不安、愛
                                          計 13個  (約37%)
 西洋語:印i喝、my、Way、ワンツーパンチ、リタイア、シュレッダ】、ナンバーワン      .
                                           計  7個  (約20%)

  落ち込んでいる時の歌:君の声で 君のすべてで・‥ / SVR払CE

  和語:向こう、側、少し、声、話す、寝る、君、切る、噛む、嘘、付く、後ろ、流れる、口、近い、時、入れる、居る、会う、連れる、来る、戻す、前、肌、温もり、合う、等、別れる、話、聞く、好き、事、許す、思う、言う、言葉、中、響く、恐い∴限る、繋ぐ、若しい、包む、込む・・・        計 44佃■  く約69%)
  漢語:受話器、毛布、曲、僕、場所、様、気、時間、連絡、心配、留守電、何度、気持ち、不安定、余計、素、感触、結構、些細...                           計 19個  (約30%)
  西洋語:ショック                                計 1個  (約 1%)
結論 結果から、元気な時の歌の和語と漢語、西洋語を比べると和語も多かったのだが漢語、西洋語の方が多かった。落ち込んでいる時の歌の和語と漢語、西洋語を比べると圧倒的に和語が多かった。落ち込んでいる時に聞く歌では、予想していたよりも漢語、西洋語の数が少なか→た。特に西洋語は元気な時の歌に比べると「夢しか出てこず、この点からも 落ち込んでいる時には和語が多く使われていることがわかる。大体考えていた通りq蹄兎になったと思う。
  ここで考えてみると、元気な時に聞く歌はテンポの速い歌を聞き、落ち込んでいる時にはゆっくりとした歌を聞いて いると思う。テンポの速い歌では、言葉の意味よりもリズムを重視して聞いていると感じたので、和語を中心に構成さ れた歌よりも漢語、西洋語を中心に構成された歌の方がリズムよく聞けるのではないかと思った。それで、元気な時の歌には漢語、西洋語が多用されるのではないかと感じた。逆に、ゆっくりとした歌では言葉の意埠を重視して聞くので慣れ親しんでいる和語の方が感じ取りやすく、心に響きやすいのではないかと思うので、多く使われているのではない かと感じた。以上が調べてみてわかったこと、考えたことである。

3年生

「音読みはかっこよく,訓読みはやさしいか」
3年男子
序論 漢字の「音読み」と「訓読み」では音読みの方がかっこよく、なんとなくではあるが強そうなイメージで、訓読みの方はやわらかい、やさしいイメージがあるのではないかと考え、人の名前をもとにして傾向を探ってみた。
 方法としては私の携帯に登録してある男女それぞれ60人の名前を音読み、訓読みにわけ男女における率の違いがあるかを調べた.
 現代のこのご時世、男はかっこよく、敷く、女はやさしい感じというラベリング的な考えはよくないのであろうが、今回はそういう前提で話しを進めさせていただく.つまり、結果として男には音読みが多く女には訓読みが多いとい・うものがでてくるのではないかと思う。またそういう結果が現れてきたら音読みはかっこよく、訓読みはやわらかい感じという仮説はあっていたということにさせてもらう.
本論  では実瞭に今回勝手に位わせてもらった名前を音訓でわけたのが下図である.
音訓混じったものもあったのでそれは、複合とした。またこ本来ない当て字は自己判断で分けた。
 女 訓 → (略)  24人(48%)
   複合→ (略)  22人(48%)
   音 →  (略)  4人(8%)
男 訓 →  (略)  27人(64%)
   複合→ (略)  8人(16%)∴
   音 → (略)  16人(30%)
 以上の結果から、男の方が音読み率が高いことは証明された.しかし、訓読み率も男の方が上であった。ただ、「子Jという字にはその前の藷を打ち消すくらいのやわらかさがあるように思えるので視合語の「〜子」というのを独断と僻見で訓読みの方に入れさせてもらうと収税は間違っていなかりたという結論にさせてもらっていいだろう.’ ̄   
結論  予想はしていたのであるが実際にこうみると、男女で音訓率がだいぶ違うことに驚いた。また、名前をあらためてみたときに平飯名で表す女の人はいるが男で漢字を位わないのは少なくとも私の周.りにはいないということに気付いた。これは漢字より平収名の方がやさしい感じということの現れであろうか。そして、そもそも今回のこの収税は男はかりこいい、女はやさしくという考えをもとにたてているがそれはやはり日本人の青森からなくなるのはむずかしいということが名前一つとってみてもわかる気がする。近年、男女平等が就職なんかでも言われているが根底の考えというのは変わらないんじやないか.と。名前からここまで話しが行くのは飛躍しすぎではあるかもしれない。

2年生

「私の家の中の和語、漢語、西洋語」
2年女子
序論 私は今まで和語・漢語・西洋語について特に考えた事はありませんでした.コトバはあくまでコトバであり、何の疑問も持っていなかったのです。そんな私が和語・漢語・西洋語について考える時、身近な虜析で考えていく方がより分かりやすく、覿しみやすいのではないかと思い、上のようなテーマを掲げました。
 近年、西洋語は日本語の中に多く取り入れられるようになっています。名詞・動詞・形容詞にいたるまで、カタカナの語をよく目にする社会に私たちは生きています。そんな西洋語が私の生活にどれほど漢透しているのか‥・。きっと多いに違いない、もし本当に多いのなら和語・漢語は少なくなっているのではないか、というのが私の意見です。果たしてそれが正しいのかどうか挨証していこうと思います。
本論  まず、私の家の中にある電化製品・家具(こまごまとした雑貨や道具類などは除く)をリストアップし、和語・漢語・西洋語に分けました。

 西洋語  アイロン・エアコン・テレビ・テレビゲーム・電子レンジ・トースター・
      ドライヤー・ベッド・ポット・MDコンポ
 西洋語の物の特徴として言えるのは「新しく作られたものが多い」という事です。アイロン、テレビなどは昔からある物ですが、性能の点で考えると現代の製品の方が機能 も多く断然上を行くので、「新しく作られた物」の仲間に入れてよいと思います。

 和語  鏡・こたつ・たんす・ちりとり・ほうき・本棚
  次に多かった和語の物の特徴として言えるのは、「かなり昔から日本に存在した物」という事です。こたつは今でこそ電気製品になってしまいましたが、掘りごたつを考えるとその歴史は相当なものです。また、_掘りごたつ・洋服だんす(文字にすると変な感じがするが私の家族はこう言う)・竹ぼう_き・本だな‥・といった風に語を付け足すと和語ゐ特徴である連濁が見られます。

 漢語   炊飯器・洗濯機・扇風機・冷議席
 最も少なかった漢語の物の特徴として言えるのは、「昭和以降(第こ次世界大戦前後)に作られた物が多い」ということです。それまでは釜で米を炊き、洗濯板で洗濯物を洗い、暑ければうちわで扇ぎ、井戸や氷で金品を冷やし・‥と手間がかかる仕事ばかりでした。それゆえに大変重宝された物です。これらは西洋語の物ほど新しくなく、和語の物ほど古くなく、「新しからず、古からず」という位置付けが妥当だと思われます.
結論 以上のような結果になりました。やはりいろいろなジャンルにわたり西洋語の物がたくさんありました.漢語の物についてはまだまだ座れることはなさそうですが、和語の中には存在が危ぶまれる物もあります。和語の物には日本独特の物が多く、それが無くなっていくとしたら残念なことです.国際化の時代という言葉をよく聞きますが、日本が日本の文化を大事にせずにいては何も残りません。今回、和語・漢語・西洋語について考えてみてそれぞれの特徴だけでなく、日本人の生活の中の「和離れ」に気付きました.

 タイトル 「元気なときに聞きたい曲と傷心のときに聴きたい曲」 
          2年 女子
序論  元気が良い時に破きたい曲と、傷心のll利こ聞きたい曲の中では、和語、漢語、西洋語がどのような割合で位われているのか、前者の方では漢語や西洋語が多用されており、後者では和語が多用されているというのは本当なのか調ペてみました。
 まず家族に息見を開いてみると、全員が元気な時は明るい曲が上く、西洋謂が多い気がすると答え、俄心の時は、掛か?悲しい感じの曲をよく閃き、和音舶ミ多い気がすると答えました.私も同じ音見でした.そこで、明るい幽と悲しい必じの曲をそれぞれ取り上げ和軋沸声音、西洋箭がどのような割合で使用されているのか調ペました。何度も繰り返し出てくる肯集はひとつとして救えました.
本論  まず、私にとって明るい戚じの曲を挙げ胡べてみると最も多く使用されていたのは和持で35稚類でした。宅、恋、具、船、来た、嫉き、や、旅人、雪妬け、日℃机などの様に連濁を起こしているものなどもありました.次に漢籍と西洋詣は9回 ̄rつ促用されていましたが、予想していたよりも少な目でした。洪紬には凶転、物給、太臥 末文、宇宙などが、西洋言削こはアイテム、イミテーション、フル、ダイヤ、クラッカーなどがあり、やはり削るいイメージの青菜が書いようです.蒋l緒、痍狩、宙搾油の割合は約d:1:1でした。
 次に、私にとって悲しい感じの曲を取り上げ、同じ様に考えました.最も多かった♂Jはやはり和柑で、37挿顆でした。手、†、才草、ガ、心細い、群、集えなど畔いイメージの青葉があげられます。次に多かったのは摸狩(10拝類)で線賂、平気億、世界、裸足、九洪などがありました.救も少なかったのは楷拝路で、これはポケット、マー7の2つだけで4分の1にまで減りました。和音舌、漢語、西洋辞は約1こ5:17とばらつきのある数字になりました。
結論  これらの‡から明るい曲措い曲どちらでも多数を占めていたのは和締である亨がわかりました。浬掛土どちらの浪合もほとんど故に差けなく、明るい曲に多用されている、ということはなかつた気がします.最も速いが見られたのは西洋静で、暗い鈷ではほとんど偵われていませんでした。これは、西洋待が勅指や碗緒はど育頻の巾に麻け込んでおらず、仰いたときに和指よりも解い印象をり▼えるように思われるためではないか、と私は思います。以上にヰから粘達の子想は西拝蔽の韻合でのみあたっていたが、元気な時に破きたい幽で和語が予想以上に多く使われていた成では少し違っていたような気がします。また、湊鈷はどちらの浪合でも了・想よりも供用頻度が低かつたです.

タイトル「野菜の名前について」
2年女子
序論 野菜の名前には和語、漢語、西洋語のどれが多いのか、またそれは原産地にそっているのか例を挙げながら調ペてみました。野菜といって私の頭にすぐ思い浮かんだものははとんどが西洋譜から成り立ったものだったので野菜の名は西洋帝が多く、原産地と名前との関係についてはポピュラーな野菜の一つであるトマトに目を付けて現地で付けられた名のまま日本に入ってきた、という仮説を立てます。適当な野菜を上げて広辞苑を用いて調べてみるとこのような結果が出ました。 
本論 蕪(かぷ)・地中海沿岸から西アジア原産…和語//
牛芽(ゴボウ)・古くから中国より波・来=・漢語//
キヤべツ・ヨーロッパ原産…西洋語//
人参(にんじん)・西アジア原産。中国から波来…漢語//
蔽摩芋(さつまいも)・中南米原産…和語//
玉葱(タマネギ)・西アジア周辺原産…和語//
トマト・南アメリカ原産‥・西洋語//
セロリー・ユーラシアに.分布する野生種に起源‥・西洋静//
ピーマン・アメリカから漢来・‥西洋語//
白菜(はくさい)・中国原産…漢語//
韮(にら)・東アジア原産、中国から汝来‥・漢語//
萌(もやし)…和語
結論 これらを見ると自分の予想とは大きく違い、どれか一つの語が多いという結果ではなかった。また、名前と原産地につてはほとんどのものが関係しているが薩摩芋は原産国は中南米で中国、琉球を経て九州薩牽に漢った為「さつまいも」と名付けられました。野菜名は原産地または溝来先と結びつきがあると考えていたが外から入ってきて日本が独自で名を一つけたものもあることが分かりました。又、大根を見てみると原産地未確定で中国から演・来し漢語だが、古称では「おおね」と読み和語になります。あと興味深いのが日本原産の野菜は非常に少ないということです。
 例えばウド、ミョウガ、フキ、ワサビなどで香りがきついものばかりだな、と感じました。これらを糖えてまとめると、野菜は名前が全て原産地にそっているとは言い切れないが、大半の野菜を見てみると影響を受けているのは確かだ、−ということが明らかl子なりました。

「料理の名前について」
2年女子
序論 私は料理名においての和語と漢語について考えてみたい.いろいろな料理の名前を比較した結果、私なりの解釈を導き出したい.
 まず和語で名前がつけられた料理を見てみよう.例えば、玉子焼き、焼きそば、肉じやがなど、一般的に「和食」と言われるものには和語が使われている.次に漢語を見てみよう.バンパンジーなどの中華料理は中国語なのでここでは無視して、和食で考えて見たい.私はいろいろと考えてみたが、1つしか思い当たるものはなかった.「田楽」である.食品名ならば、納豆や豆腐、牛乳などさまざまあるが、料理名となると朗楽しか見当たらなかった. 
本論 和語の料理名と漢語の料理名ではどのように印象が違うのだろうか.玉子焼きを例に挙げて考えてみたい.大修館書店発行の新版漢語林によると、食品名を表すときは、「卵」ではなく「玉子」とあるが、「卵焼き」で考えてみる.卵焼きは文字通り卵を焼いたものであるから、仮に焼卵としてみよう.読みは「ショウラン」である.これでは何のことだかわからない。しかし「クマゴヤキ」と和語で名前がつけられていると私たちはすぐに判断できるだろう.料理名が和語でつけられている理由はわかりやすいからであると私は思う.名前を聞いただけですぐにわかるし、「今日は焼き魚にしてね.」などと日常的に使うものなので、わざわざ漢語にして耕しくする必要はない.しかし「田楽」はどうだろうか.私たちは田楽と聞いただけで、どういうものかわかるだろう.だから漢語のままなのだと思う.振にナスの田楽を和語にしてみると、「ナスの味噌塗り焼き」である.和語ではなくても、聞いただけでわかるから、漢語の田楽というこの名前が定着したのだろう.料理名が和語であることによって、わかりやすいということはイメージも伝わりやすいということではないだろうか。たとえば料理番組で「鶏肉のさっぱり煮」とあったとしたら、視聴者にイメージが伝わりやすい。
結論  以上のことから、和語の名前がつけられた料理が多いことがわかったが、田楽以外にも漢語の料理名があるだろう。しかしそれは、必ず誰が聞いてもきっとわかるものであると思う.今回調べたものを通じて、わかりやすいという理由から漢語よりも和語の料理名が多いと結論に至った.

「自分が話したり書いたりする和語、漢語について」
2年女子
序論  私は、自分が話したり書いたりする相手によって変える言い方を、丁寧に話さなけれ
ばならないとき{例えば、先生と話すときや発表するときなど)と、普通に話すとき(例
えば、友人や家族と話すとき)を比べて、和語と漢語について調べてみようと思います.  
本論  まず、同じ意味だけど、丁寧に話す場合と、普通に話す場合に使い分けている単語をあげてみたいとおもいます。

 普通
  出す 書く 消す  考える 驚く 分かる 名前 友達 車 歩き
 丁寧
  提出する 記入する 削除する 考慮する 驚愕する 理解する 氏名 友人 自動車 徒歩

 上の例以外にもまだまだ多くあると思います。
 しかし、この10個の例からも毎かるように、普通に話すときは和語が圧倒的に多く、丁寧に話すときは漢語が多いことが分かります。これはなぜなのでしょうか。
 日本にいる小さい子供は、漢語よりも最初に和語を覚えます。それは、日本語ではやはり、和語の方が分かりやすく聞き取りやすいからだと思います。またこ和語の方が柔らかい感じがするし、理解しやすいのも事実です。それに比べて、漢語は硬く、日常で用いるとおかしい感じがするものが多いです。もし友人が、漢語だらけで話しかけてきたら、驚くし、他人行儀になるし、親身になって悩み事など話せなくなるのではないでしょうか。その前に、漢語ばかり話す人には近寄りがたいだろうな、と思います。
 また、漢語はばっと聞くだけでは理解しにくいものが多いです。これらの理由から漢語は普通の会話には不向きで、和語の方があっているのだと思います。しかし、丁寧に話す場合は、また違ってきます.丁寧に話す場合は、和語だと失礼になったり、おかしいな、と感じることが増えてきます。例えば、テレビでアナウンサーが、「女の人と男の人を比べると・・・。」と言うよりも、「女性と男性を比較すると・・・。」と言う方が正しいと思うし、聞いていて良い感じがします。また、改まった場面では和語では幼稚に聞こえます。
結論  このように、和語と漢語は同じ意味でも、日常的に自然に使い分けることで、日本語には双方とも必要不可欠なものだと思います。丁寧に話す場面で、和語を使いすぎては失礼になるし、正しくないと思われ、例えば就職も上手くいかないと思います。また、友達同士で漢語ばかり使うと、仲良くもなれないし、おかしく感じると思います。日本語は、和語と漢語をきれいに使い分けることで、初めて上手く話せたり、書いたりすることができるのだと思います。そうすることで、社会でも、友人関係も、円滑にいくのだと思います。・          

「都道府県の花について」
2年女子
序論 日本には都道府県が計47つあり、それぞれに都道府県の花があります。私は47の花の名前のうち大半は和語であると思い、調べてみようと思います。さらに、この中で和語と漢語に分ける際に、どういったことが影響するのかも併せて探っていきたいと思います。
本論  47の都道府県のうち、椅玉県と大阪府、新潟県と富山県、和歌山県と福岡県がそれぞれ同じ花なので、花の名前の数は合計でq2個になります。これを分類していくと、山形県の紅花や岡山県の桃、佐賀県の楠などの「和語」が11個、岐阜県の蓮華草や島根県の牡丹、滋賀県の石楠花などの「漢語」が14個、香川県のオリーブや新潟・富山県のチューリップなどの西洋語が2個、そして山口県の夏蜜柑や京都府の枝垂桜、埼玉 _県・大阪府の桜草などの「和語と漢語が混ざったもの」が16個となります。
 まず、花の季節や地方が和語と漢語を分類するときに影響があるのかを調べてみましたが、これらは「春」・「夏」・「秋」・「冬」が「和語」・「漢語」・「西洋語」・「和語と漢語が混ざったもの」にそれぞればらばらにあるし、東北・関東・九州などの地方によっての共通性もありませんでした。次に花が何科に属するかで影響があるか調べてみました。
この時、和語と漢語の混ざったもののうち、「枝垂桜」、「二十世紀梨」、「富士桜」、「豊後梅」等をただの「桜」、「梨」、「梅」と_して扱うことにして数えなおしてみると、桜や梅、浜梨などのバラ科の花は和語に多いということがわかりました。そしてこの方法での勘定だと、和語と漢語の数が同数になりました。   
結論  以上により、都道府県の花の名前で考えると、和語の方が漢語より多いという考えは誤っていました。また今回調べたことにより、林檎や牡丹、蓮華草なとの中国原産の花は漢語であることが多いということと、桐、梅、桃、桜などの一漢字で表記するものは和語が多いということ、バラ科の花は和語の名前が多いことが発見できました。

「清音と濁音について」
2年女子
序論  漢語・西洋語には清音もあるし、濁音もある.しかし、和語は多くが清音である.すべてが清音というわけではないので、どういう言葉になると濁音になるのかを自分なりに理解して考えていこうと思う.和語の中でこつ和語の読みがあって、意味は同じもの毒いう嶺義語を例に挙げて考えていく.
 まず清音とは、聞こえのよいきれいな言葉であるのに対し、濁音は言葉のはじめに沸点が付いているため聞こえがわるい言葉をいう.私は授業でここをしたときに先生が、和語には清音と濁音があって、濁音になる言葉は下品な言い方だと言ったことに興味を持った.そこで本当に演音になる言葉は、下品な言い方になるのだろうかということを例を出しながら考えていこうと思う.   
本論  *和語の清音の例……ばこ  ばし  フめ  ふろ  しろ  ばな  よる  き
          みず 小さい  かご すっきり  ばしご∴‥‥
  和語の濁音の例‥‥‥げろ  ぶさい<
           和語の言葉には普通濁音になるものはない。

 *和語の言葉で同じ意味を表す、言い方の二つある類義語……
  した⇔べろ  みぞわどぶ 大きい⇔でかい  しっとり⇔じっとり
  くず⇔ごみ  つち⇔どろ  けっ⇔げフ  しめる⇔じめじめ
  ばっそり⇔げっそり  太い⇔でぶい  うるおう⇔じとじと  せこい⇔ずるい.‥

 上記の例より和語のほとんどは清音で濁音になる言葉は少ない.しかし、同じ意味で言い方のこつある和語の言葉を比べると、瀦音になる方は聞こえのわるい下品な言い方が多いことが分かった.
結論  以上のことから、先生が授業で言った、「和語の濁音になる言葉=下品な言葉」という私の興味本位の仮説がほぼ正しいのだと思った.日本語を普通に使っていると日本語の中に、漢語や西洋語、和語があるということにあまり気づかない。これと同じように普段、下品な言葉を使ったりするけど今こうやって調べてみると、下品な言葉の多くが瀦音だったのだということに気づく.
 自分なりに考えて例を挙げたので、例外は他にもあるかもしれないけど、私はこのテーマを調べて和語にも濁音になる言葉はあって、その多くは同じ意味で言い方の二つある言葉であり、しかも濁音になるのは下品な言い方をする方だということが分かりこれを結論にしたいと思う.

「難読漢字とやまと言葉」
2年女子
序論 「秋刀魚」と書いて、「さんま」と読ませる.「柳葉魚」と書いて、「ししやも」と読ませる.何も魚の名前に限った事ではないのだが、私達が日頃目にするもののなかに、所謂「発読漢字」というものがある.あてられた漢字の、音読みに従えど訓読みに従えど、普通ならそうは読めない類いのものだ.
 こういったものは、漢字で書かれてはいるが、果たして漢語に由来するものなのかどうか、と言うと旋わしい.すると、これらは一体何に端を発するのだろうか。日本においては、漢字で示されるものは主にやまと言葉と漢語である点から、それがやまと言葉であると仮定し、以下検証していく.
本論 先に述べた郵刀魚と柳葉魚のように、魚関係、海の生物に関しては、割とこの例が多いように思う.一島妓(いか)、海栗(うに)、旗魚(かじき)、氷下魚(こまい)など、挙げればきりがない.ここで柳葉魚を例に取って分析してみても、「柳」は音読みで「リュウ」、訓読みで「やなぎ」であり、到底「し」とは読めない。そもそも、どこで読みを区切るべきなのかも座間だ.
 ところで、「わかさぎ」は「公魚」.と表記するが、このわかさぎに陶しては、「魚へんに若」という漢字一文字で表される事がある.これは国字、つまり日本において中国の▲漢字をアレンジして作られたもので、音読みを持たない、つまり漢字でありながら、漢語ではないものだ.ここから、「わかさぎ」という読みが、やまと言葉であると立証される事になる.つまり、「公魚」と書いてわざわざ「わかさぎ」と読ませるのは、日本独特ゐものなのだ.
 他に鯨(いわし)、舵(しやち)、鱒(たら)など、魚を表す国字は多い.国字というものは、その言葉の持つ意味を踏まえる「会意」によって作られる事がほとんどらしい。
 炊は「虎のような頭をした魚だから」、靖は「雪が降ると大漁になるから」、など、その由来には洒落っけさえ感じられる.海に囲まれた土地であった以上、古来から魚は日本人の生活と深く関わり、その為に、魚を表すやまと言葉も豊富にあったに違いない。
 魚から離れて、他の耗読漢字を探してみると、俳句などにおける季語を見ると、恐ろしいほどに見つかる.春の季語を少し抜き出してみても、長閑(のどか)、寄居虫(やどかり)、紫荊(はなずおう)といった調子だ.そもそも日本独自の文化である俳句や短歌に欠かす事のできない季語に、こうして丼読漢字が多い事を見ても、やはりこれらがやまと言葉に由来するものである事を裏付けていると言えよう。
結論   そもそも、今日使われてtlる漢字というものは、古来中国から伝来したものであり、月本には元々文字がなかった.それ故に、伝来した当時、漢字の意味記号たる側面を用いて、その漢字が意味する所のやまと言葉をあてていた.語の伝える内容を、そのまま森の読みにしてしまう、当て字ならぬ当て読みである.訓読みも、多くがこの方法で生まれた
に違いない.
  再び、秋刀魚と柳葉魚の例に戻る.確かに、言われてみれば、この文字が魚の特徴を示しているようにも思える.秋刀魚は、秋の魚であり、刀のような形をしているから.柳集魚は、そのまま柳の葉のような形をしているから、と言った具合である.海の生き物や季語など、古来から日本の文化に馴染み深かったものに関して、得に#読漢字は多くみられ
るのではないか. 
 最近では、「本気」と書いて「マジ」と読ませたり、「宇宙」と書いて「ソラ」と読ませたりする事がある.これも、当て読みに変わりはない.これから、耗読漢字も今までとは違った方向でバー」エーションが増えて行くのではなtばろうか・  

1年生

タイトル「野菜の名前について」
1年男子
序論 今回のテーマでは勅語と漢語と西洋語に分けるということだったので、野菜についてそれぞれ調べることにした。先ずは野菜は外国から中国を経て日本へ従ったものだと考えたので漢詣が多いという仮説を立てた。調べるにあたって広辞苑と野菜固芙大辞典を用いた。そして以下のようになった。
本論 和語   胡瓜(きゆうり) 茄子(なす) 葱(ねぎ)  ほうれん草  
     耗(かぷ) 二葉(みつぱ) 瓜(うり) 豆(まめ)     
     唐辛子(とうがらし)  山葵(わさび)

漢語  牛葬(ごぼう) 大根(だいこん) 人参(にんじん)
     白菜(はくさい)  生姜(しようが)  らっきょう

西洋語  カボチャ  トマト  キャべツ  セロリ  レタス  ピーマン

 和語と漢語と西洋語に分けていく内に気付いた点があった。西洋語の野菜を調べている時に気付いたのだが、西洋語の野菜は広辞苑では全てカタカナで載っていた。当たり前のことのようだが、野菜は全て漢字で書けるものだと思っていたので意外だった。
 漢語については全て16世舵から18世紀にかけて中国から日本に液ってきているものだった。原産が中国ではないが、全て中国から破ってきているという点においては央通していた。
結論 以上調べた結果、野菜を和語と漢語と西洋語の3つに分けていくと、どれが多いという結果にはならなかった.中国から漢ってきたり、他の海外から液ってきたものが多いと思い漢語と西洋藷がズバ抜けて多いと思っていたが、和語が意外にも一番多かった。おそらく全種類の野菜を調ペても和語が多いだろう。外国から入ってきたからといって漢語や西洋語と決め付けてはいけないみたいだ。

タイトル「歌うと元気の出る曲(軍歌)について」
1年男子
序論 元気の出る敢といえば軍歌を思いつく.その目的は心を鼓斉し力づけるものである.この.軍政から「明るい歌には外来語が好まれる」という鋭を考えていく.この外来語とは、日篭本の青葉として使われている外国語のことであるが、和語く日本固有の青葉)には柔らかな青葉が多く、外来語(主に漢語)には鋭い青葉や重い学きが多いといわれているので、.勇ましい軍政には当然漢語が沢山使われているはずである.これを軍敢の歌詞を実際に網べ検討していく
本論  軍敢一曲中に使われている外来語の数は、2〜26佃である.予想通り多数の漢語く外来語)が使われているものから、それほど使われていないものまで多様であった。どの曲も、曲調は心を故斉し力づけるもので、詞の内容も同様であった.貫に、環在も良く知られている r軍檻行進曲」は、明るい曲にも牌わらず、漢語がわずか2静しか使われていなか勺た.これでは、「明るい曲には外来語が好まれる」ということにはならない.しかし、これらの歌詞のなかには、同じ青葉(意味)であっても、音汝み(漢語)で取っているものと訓読み(和語)で歌っているものが多数存在していた.例を挙げると、「日本」(にっぽん・ひのもと)、「日本男児」(にっぽんだんじ・やまとおのこ)である。他にも∴多少青・菜は違うが、この例のようなものが多数存在した.これは、和語・漢語を曲網または詞の体裁に合わせて選択して用いているということではないだろうか.要に、今回滑べた軍敢の歌詞全部が七五網によって書かれていることも、これを裏付けるものである.
結論  以上のことから、明るい敢だからといって必ずしも外架藷が好まれる訳ではないということとなったが、軍歌を’よくよく聞いてみると、そこに使われている和森のなかに、当時の人々にも意味が今一つわからないであろうと思われる古語のような青葉が、多数用いられていた。考えてみると、和語は生活の基本になりている青葉なので、術くとすっと耳に入り、考えなくても意醸や情景がつかめる.それに対して、外来語は、ひとつ置いて考えてから頸に入ってくるものである。このことから、さきほどの古語もこれと同様なものではないかと思われる。意味がつかめないのだから、当然のように考えなくてはならず、すつと心に入ってこない.これがこ気持と歌詞の本能を引き起こし、曲と詞を遠ざけているのである。これでは、当然意味の摘みにくい青葉より、曲のほうに気が向いていく.つまり、軍歌は歌詞によってではなくその曲調により叩き手に元気を与えているのである.よ.つて、明るい歌に外来簿が好まれる理由は、心が妊接受け取る青葉(和語)を控えることにより、青葉よりも明るい曲調に聞き手の気持を向けさせ、明るい気持にさせることができるからである. また、私も実際に軍敢をいろいろと聞いてみて、明るい気分になりた.何も、私が戦争を好んでいる釈でない.歌詞のみを見ると、これはとんでもないものだと感じた.しかし、現に私は、その曲網によって自然と明るい気分になった。これも上記の裏付として付け加えておく.

「日本人の名前について」
1年男子
序論 「日本人の名前」ということについて私は考えてみたいと思う.まず一番理解しなければならないことは「和欝」と r漢語」の違いだ.そして、その違いが日本人の名前の付け方や、漢字の住い方についてどのような関係があるのか自分なりに考えてみたい.あと新人物往来社出版の『日本のrなまえ」ベストランキング』と言う面白そうな本も見つけたので、それも参考にしていきたいと思う.
本論  まず、「和語」と「漢語」の違いについては、小学楷出版の日本大百科全書によると、「和語」は日本本来のことば。また「やまとことば」ともいう.
(例) 『木くき)』 『谷くたに)』                   
漢語は、漢字音からなる語、        
(例) 『椅子(イス)』  『鎮(ゼニ)』         
ようするに例などように呉音、漢音以外の字音藷を言う.              
 次に、自分の身近な人の名前(携帯電話の電話帳で検索)をいくつか上げてみると
 (略)
 これらから分かるように漢語のみや、漢語を含む名前が多いことが分かる.ここで、『日本のなまえ」ベストランキング』に乗っている名前を年代別に調べてみる.
 年代はこの本に載っている一番古い年代め大正元年.自分の親の生まれた昭和27年.そして、自分の生まれた昭和58年.最後に本に載っている一番新しい年代の平成12年.
 この瞬つの年代で考えて見たいと思う.
          1位         2位         3位
大正元年 男 正一くまさかず)  清(きよし)     正堆(まさお)
       女 千代くちよ)    ハル         ハナ  .
昭和27年 男 茂(しげる)    樽(ひろし)     誠(まこと)■
       女 和子(カヰコ)  恵子(ケイこ)   洋子(ヨウこl)
昭和58年 男 大輔(ダイすけ)  健太くケンタ)    直樹くなおき)・・
       女 愛(めぐみ)    裕子くュウコ)    麻美くマミ) .
平成12年 男 翔(ショウ)    翔太(ショウタ)   大輝(ダイキ)
       女  さくら・優花(ュウカ)           美咲くミさき)
結論  表より、大正元年の名前は和語の割合が非常に高い、だんだん年が増すにつれて漢語の割合が高くなっている.ということはその年代の流行のようなものがあると思う.昭和27年の1,2,3位の女の名前に含まれている「〜子」といういかにも『日本の女性』と言う感じの名前が上位を占めているが、昭和58年、平成12年には一つしかない.男のほうの名前で感じられることは漢語を含む名前のほうが、たくましい、とかカッコいい、イメージがあるだがそれも、流行なのかもしれない.                 
 結論としては、名前に含まれる『和藷』『漢語』の使い方にはやはり一番に流行の影響が非常に大きいと思う.昔の人は昔から日本にある『和語』を好むのだ.私たちが結婚し、子供ができるころにはどのような名前がはやっているのだろうか。

タイトル「店の名前について」
1年女子
序論 街を歩くと必ずカタカナやアルファベットといった外来語に出会う。特に店の名前などはほとんどが外来語ではないだろうか。私はなぜ外来語、カタカナやアルファベットが多用されるかについて次のような仮説を立ててみた。
本論 外来語を使うと特別な印象を与える。特別な印象とは、親しみやすい、高尚という意味だ。この振説を立証するために次のこ点を友人等十人に聞いてみた。すると十人全員が同じ答えを出した。
 まず、やまとことばと外来語の音が与える印象を調べるために「イエローハット」と日本語訳した「黄色の帽子」の印象について聞いてみた。日本語訳のほうは“かっこ悪い”、“何となくしっくりこない”という答えだった。反対に英訳した「イエローハット」のほうは“かっこいい”、“ごろがいい’’、“リズム感がいい”という答えが返ってきた。私の意見も同じだ。次に漢字とひらがな、アルファベットの与え・る印象について調べるために「百合」、「ゆり」、「坤」についてそれぞれ意見を聞いてみた。「百合」については“堅い感じがする’’、“奇魔な感じがする’’という答えが返ってきた。「ゆり」については“普通”、“特に何も感じない”という答えだった.そして「1吋」については、“かわいい’’、“高級な感じがする”という答えが返ってきた。そしてこれらの名前の店だったらどの店に入るかと聞いてみると、全員が「1ib」という名前の店に入ると答えた.
結論 このことから外来語は特別な印象を与えることが分かった。また、こうした傾向は昔から見られる。例えば平安時代では、同じ歌を作るにしても和歌よりも漢文で作ったほうがより高尚とされていた。明らかに私たちは母国語である、やまとことばよりも外来語を優遇していたと言える。ひらがなよりは漢字、漢字よりはカタカナ、アルファベット、というような優劣順序が出来上がっているのだ。そしてそれは日常化しつつあるのだ。

タイトル「居酒屋の名前とその理由」
1年女子
序論 私は、ある雑誌を見ながらある事に気が付きました.「どうして居酒屋の名前には、和語、漢語が多く、外来語は少ないのだろうか.」このことについて疑問に思うので、たとえば居 こ酒屋の名前はどのようなものがあるか、どうして和語が多いのかなどを調べ、検紅してみたいと思います.
 漢語とは外来語の一種ではないのか、と思われがちなので、まず、漢語と外来語の違いについて説明します.日本語の場合、古くから散り入れられている漢語が量的に多いですが、ふつうはこれを外来語とは青いません.明治以後、盛んに鴇入されるようになった英語起瀬の語が代表的な外来患となっています.それゆえに、漢語と外束語は異なるものだといえるのです.     
本論  私が調べた居酒屋の名前には、次のような名前がありました.きはち、たぬき、とうがらし、おつまみ庵、丸太や、香草(こうそう)、八剣伝などの和語漢語の名前、セサモ、ベルソなどのあきらかに外来語だと思われる名前です.調べた感じ、ほとんど外来語の名前は見当・たりませんでした.居酒屋とは、店先で酒を飲ませる酒屋、また、安く酒を飲ませる店というのが定義であり、料理も日本料理に限って出されているわけではありません.べつに外来語の名前の店が多くてもいいように思われますが、そうでないのには理由があるのでしよう.私はその理由を次のように考えます。
 人々が居酒屋に行くのには、単に料理を食べて満足して帰るだけではな’く、そこに仲間との団熊やなごみ、落ち着きを求めて行くという理由があるのではないでしようか.居酒屋と単なるお金事店の違いはそこにあるように思われます.そうすれば、居酒屋にしてみれば、居酒屋に来るような人をタ←ゲットにしなければなりません.店の名前というのは、客の来店を大きく左右するものの一つでしよう.ということは、居酒屋の名前に和藷や漢語が多いというのには、落ち着きやなごみといったニュアンスが含まれているからということではないでしようか.  
結論 確かに雰囲気としては、カタカナよりも、漢字やひらがなのほうが落ち着くような気が・します.まるで洋室と和室の雰囲気の違いに以ているようにも思われます.居酒屋の名前の中には、たとえば、みらくる亭や、浪漫座など、わざわざ西洋語をひらがなや漢字に直している店も多々見受けられます。それだけ多くの人が、和語や漢語に団熊やなごみを感じるということでしよう.居酒屋の名前に和語漢語が多いというのにも説明がつくわけです.それに加え、西洋語と和語漢語には雰囲気的な違いもあるというのも明らかにしておきたいと思います.

タイトル「和語、漢語、西洋語の違いについて」
1年女子
序論 国語辞典に紹集されている蒋句の睨明には和蒋と漢籍ではどちらが多く用いられ、またそれぞれが使用されることによってどのような印象を受けるかを検征する.私の考えは、和額の方がより多く位われているのではないかということである●それはやはり漢静(漢字の熱帯)が並ぶとどこか難しいイメージがあり、何かを税明する身合は和静を用いた方が分かりやすいのではないかと思うからだ・このことから、和帝・漢籍どちらの静句に対してもその解説には意味を明確に解からせる為に和薔の方が多く救われているのではないかという餓を立てた.いくつかの簡句の意味を網べ、和静と漢帝の表記数を比べてみた●辞書は「新選国蒋辞典第七飯(小学榔」を俵用した.
本論 まず、二字熟活からなる湊清を網べたところ、              .
「回胤・・・めぐってもとにもどること● 「租軋… 一定の陳度を超えること。
 傾状」… ようすをのべた文章●   「自軌… 斉用を自分でまかなうこと.
とあり、この他「淘汰」r抑圧」「女軌「堆錮」などいろいろ訴べてみたが、やはり少しだけ和語が多い気がした.そして二→以上の音鹿を持一駒の♯合は、一つ目はほとんど平振名、こつ日は漢額混じりの少し専門的な意味を表わしているように感じた.しかし一枚に青えることは、解説の中の動詞の部分はほとんどが和帯であるということである。r感射すること」など、漢帯で説明される部分もあるが、やはり「うしなうこと」「きめること」など和簿で書いてあることが多いごまた和簿の駒についてもいくつか訴べてみた.
「軌、」… つかの間である.あ→けない. rひそめる」‥・かく丸しのばせる.
 「水潰し」… 水につかること.     その他
和蒋を箭べた場合はその解税にも和簿が多いように思われる.やはり動詞は和帯で‡かれており、表現もどこか満単なイメージがある.湊静の静句を訴べた際には和静と漢語の表記についてこれと音→て差があるようには思われなか→たが、和簿を帝べてみるとその解説には漢藩はあまり使われていないことが解かった.この他にもある単語の説明に使われていた帝句を訴べてみるとどうなるかを訴べてみた.例えば、「極地」がrさいはての地」と説明されており、それなら「さいはて」の説明にはr極地」とされていてもおかしくないのではないかと思い術べてみたところ、rさいはてJの意味はrいちばんはアれ・はし」となっておりr極地」とは載っていなか?た.
結論  以上より、私は、蒋句の鋭明においての和語・漢静の表寵数について、その差はあまりないものの和語の静句の鋭明には和簿が用いられることが若干多く、また説明中の動詞には和帯が便われることが圧飼的に多いことがわかった.また、湊帯が単独で使用される鎗合は、トこと」「ニようす」とのべた後で一つの選択肢として熟静で記載されていることが多かったことから、解説の主要な部分はおおよそ和藩が使用され、その補足として漢音牌潜)が用いられるのだと理解した.湊簿が多い鋭明だと、どこか専門的な感じがしてすこしわかりにくいという坪象も受けた.幼児向けの絵本が幼児が理解しやすいように、ほとんど平仮名で‡かれてあるのと同じように、辞‡も使用者の商に入りやすいように和裔で‡かれてあるのだろう.なぜ藻蒋よりも和蒋の方が理解しやすいのか辞しいことはわからないが、辞†に救っている鎗句の解挽は、藻執ま椅足的な意味として使用され解鋭のおもな郎分は和静が多く、それはその簿句をより説明しやすくするためであって、解税の一番大事な部分では和帝の方が地故的多く、和帝の多いほうが受ける印象も解かりやすいということを紬にしたいと思う.

「世代ごとにみる和語と西洋語一時代背景と使う語には何らかの関連性があるのか」
1年女子
序論  数限りない西準蒋が、日本静の中に溶け込んでいる。そこで、同じ意味を持つ和落と西洋藷が、世代ごとにそれぞれどう捉えられているのかを探りたいと思う.また、■それぞれが育ってきた時代背景も踏まえながら、結論を導き出したいと思う.
本論  まず、もとは西洋藷だが、今は日本寄と同じように扱われている青葉をリストアップしてみた.  
  ヒロイン=女主人公,    リサ←チ=調査,
  トーク=会話,        ナーバス=神経質,
  バーゲンセー′k安売り,  テイクアウト=お持ち帰り,
  タイトル〒鹿,         ローン=借金,
  パーキング=駐車,     クロゼット=押入れ,
  グッズ=品物,        メリット=串は,
  デメリット=欠点,      ポジティプ;耕極的,
  ネガティブ=消極的,    ダビング=再録画,
  エチケット=札俵作法,   メジャー=大きいさま,
  マイナー=小さいさま,   プリント=坪刷(物)
 これらを、80代の祖母・50代の父母・20代の兄・10代の私にとって、それぞれどういう感じを受けるか、どちらの帯がより意味が分かりやすいかを調べてみた¢
  80代の祖母   バーゲンセール、メリット、ダビングなどの青葉は分かりやすいが、8割は和籍の方が分かりやすい.
  60代の父母   どちらも分かりやすいが、やや西洋藩の方が受け入れやすい。
  20代の兄・10代の私    全部理解できるが、西洋静の方が断然受け入れやすい.
以上の結果である.
 そこで私は、これらの結果とそれぞれの時代背景とを比ペて、.ある結論に達した。 
結論 和語ばかりを使った戦前と、西洋簿が入り始めた戦後を過ごした80代の祖母は、理解できる西洋藷もあるが、やはり和語の方が理解し使いやすいようだ。また、一気に西洋の物を取り入れるために、めまぐるしく発展した時代を過ごした60代の父母は、和蒋、西洋額、どちらも分かりやすいが、実際使うのは西洋簿の方がやや多いようだ。そして、西洋藷に何の違和感も感じない時代に育った20代の兄と10代の私は、普段に使うのは西洋静の方が多いし、中には和欝の方が違和感を感じる物もある.
 以上のことから、知常にしても西洋常にしても、その時代時代の特徴と深い関わりがあるという結果になった。

「和語、漢語、西洋語の違いについて」
1年女子(留学生)
序論  和語ははじめから日本語がそのまま現代に至るまで使われている言葉である。例えば眉毛や、鼻水など。漢語は中国語から来た言葉を昔からあった日本語と同じ意味を持つ言葉としてそのまま日本語に組み込んだ言葉である。だから、発音は現代中国語と非常に似ている。例えば心臓や、有名など。西洋語はユーロツパ各国から借用した言葉である。例えば、ハートとか。 
本論 良く考えると漢語と西洋語.はほとんど名詞だということだ。それに対して、助詞は当然そして、通常の動詞、形容詞、指示詞、副詞などはすべて和語しか存在しない。北京申版社の詳解日漢辞典を仮定に引いて見るときっとそうに置いない。例えば、137頁の運搬、運命、運用……環代日本語でうんばん、うんめい、うんようというふうに発音している。現代中国語で叩mbm、叩血咤、・yunyα唱というふうにに発音している。発音が非常に似ていることで以上の言葉は漢語だということを分かっている。また、以上の言葉は全て名詞であること。このような例がたくさんある。知識、知事、地質、痴情‥…・いずれもこの規則に従う。今度、西洋語を見ていくと、1286頁のマーク、マーケット、マーチ・‥‥・全部名詞であるふごく一部の漢語は動詞になっているが(運搬する、運用する‥‥‥)基本的に名詞で「する」が付いて、動詞になったり、「な」が付いて、形容詞になったりす.るに過ぎない。
結論 和語は間違いなく、動詞、助詞、副詞、形容詞などの役をしている。例えば、開くや押すとか動詞で、「に」や「は」など助詞で、ゆっくりやのんびりなど副詞で、早いや遅いなど形容詞である。

「映画の邦題と原題について」
1年男子
序論 ハリウッド映画など外国の映画を、日本で上映する時に、その映画のタイトルを日本語に訳してわかりやすくする湯合がある。「映画を見る」‥という時、一番にタイトルに目が行く。この題名から想像を膨らまし、内容を思い浄かべるのだ。自国の言語の方が理解しやすいからなのか、邦題のついた映画はヒットする可能性が高いように思える。この点で、やはり単語の意味を読み取りにくい英語のままより、日本語の唐名の方がより感情移入しやすいのではないだろうか。それは、英語と日本語のイメージの相違によって表現に差が出るのではないか。実際に相席の例を出して検証していく。
本論  まず姑めに、原昏が複雑で読みにくい「メリーに首ったけ」(There■sSome仙血gAboutMaW)を例にだすと、この原鹿のままでは日本人には♯しい。それに比べ耗唐の“メリ←に首ったげ’というのは大分スマ】十で聞きよいタイトルである。今度は逆に、原題はシンプルなのに、邦頴の方が夜雑な物に「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」(TbeMu皿my)がある。この場合、原題はThe+Mummyというたつた2単欝なのに対し、邦題は文字数がやたらと多い。しかし、よく見ると“副題”がついているのがわかる。《失われた砂漠の都》というので、「砂漠周辺に関する話だな?エジプトか?」と予想し、想像することができる。これは日本語タイトルにする大きなメリットだ。
 しかし、反対の例もある。「6デイズ7ナイツ」(8ixDay8SevenNigbts)は、日本語タイトルをつけると《6泊7日》となり、これではただの旅行番組だ。作品のスリル感が全く伝わってこない。母国語の日本語の場合、語句の持つイメージ‥つまり、かっこよさというものをあまり感じないのである。これは普段から、使い、聞きなれている言語であるからで、逆に日本人からみた英語には非常に憧れがあって、新鮮に感じる。
 「シックス・センス」くTbeS辻tbSe皿8e)や「ショコラ」(Choの1at)等はその代表的な例でありこ原塘が簡単な単語(日本人でも比較的わかりやすいもの)の場合は、カタカナ表示の方がシンプルである。また、「ハリー・ポッターと賢者の石」(UarWPotterandtbePblo8叩her●88也ユe)や、「ロードオプ・ザ・リング」(mebdoftbeRings)などのように、明らかに原作が人気の作品の場合、書薄の題名をそのまま利用し、知名度を使うという手もある
結論  日本語の方が内容を把握しやすいのではないか”という当初の仮説はやはり正しかった。但し、組み合申せに与っては日本語だと表曳がしにくい場合には、厚顔をカタカナに直して採用することもあるく英語の持つ雰囲気と日本語の持つ雰囲気や味をうまく考慮しながら、日本人にわかりやすくイメージが膨らみ、実際に映画を見たとき内容を理解しやすいような語句で邦題というのはつけられていることがわかった。

「家電製品はなぜ和語、漢語が多いのか」
1年男子
序論  「家電製品はなぜ和語、漢語が多い」ということについて私は、以下のように調べました。漢語と日本語の違いを調べ、製品のネーミングの方法をインターネットで調べました。そして自分の「製品の名前を日本語や漢語にすることによって消費者に製品を理解しやすくする」という仮説をもとにテ←マに対する結論を出しました。その過程は以下の通りです。
本論  まず、辞書で漢語の意味と和語の意味を調べました。漢語は昔、中国から入ってきた言葉で、漢字を音読する。和語は、昔から日本にある言葉。授業で学んだ連滞の規則を漢語と和語に当てはめると和語は必ず清音で始まる。そして、連濁をおこす。漢語は清音、濁音で始まり、連沸をおこすことはない。
 次に、ネットなどで調べた電気製品の名前をいくつかあげてみたいと思う。洗濯機の名前では、「清潔王国」「ひまわり」、「鹿河」、「からみま洗」。数年ほど前の名前では、「うず潮」、「びわ湖」などがあった。私は、名前をあげてみて、思った。エアコンでは「大清快」、「霧が峰」。確かに、和語、漢語があって製品を理解しやすいが、洗濯機で「銀河」、「ひまわり」、「びわ湖」はよく考えてみると具体的でなく、何の製品かよく分からない。「清潔王国」、「からみま洗」は、具体的で理解はしやすい。洗濯機やェアコンなどの家電製品は、和語、漢語を使用して為近感はあるが、詳しく名前をみてみると、具体的な名前と、抽象的な名前があることが分かった。また、現代に発売されている製品は具体的で、名前を聞いただけでその製品を推湘できるが、一昔の家電製品の名前は抽象的なので名前を開いただけではどのような製品か推沸できない。今と昔では、企業の製品の名前に対する考えが変わっていったのではないかと考えた。
結論 以上により、私は、「家電製品にはなぜ和語、漢語が多い」というテーマに対して、企業の戦略だと考えた。一昔前、企業は製品のネーミングに力を入れていなかった。しかし、今の時代は不景気でモノが売れない時代です。その状況下で、様々な企業が新製品を発売します。ほかの商品との区別性、差別性を訴えていかないと、ほかの企業に負けてしまう‘、そこで、他の商品との区別性や、差別性に製品のネーミングが重要だと私は考えた。その商品の特長を表すにふさわしい名前にすることが重要だと思った。また、消費者に覿しみがあって記憶しやすいという所も重要だ.家電製品の名前は年数を重ねるにつれて具体的なり、消費者に理解しやすくなった。繰り返しますが、企業の製品の名前が重要だという意識から、より消費者に分かりやすくなっていると思う。そして、企業が他の企業との区別化、差別化、その商品の特長を端的に表すネーミング、キャッチフレーズを重要視するという、近年の傾向から、私の立てた「製品の名前を和語、漢語にすることによって製品を消費者に理解しやすくする」という仮説は、若干の違いはあるかもしれないが、全くの間違いではないことを結論にしたいと思う。将来、商品の特長を端的に表した面白い名前、幅広い年齢層がすぐに覚えられるような面白い名前、誰も考え付かないような名前がたくさん出てくるのではないかと私は思っている。