研究内容の例
1.開発途上国における農林業プロジェクトの環境経済評価手法と事例
背景
環境財・サービスの価値や環境的費用・便益を経済的に計測するための環境経済評価手法の内容を把握し、それらを適用する上での課題を分析することを目的とした。また、開発途上国の農林業分野でこれまで実施された評価事例を取り上げ、評価対象環境項目の概要、具体的な適用評価手法、評価結果、課題等を整理し、今後の開発調査等での環境経済評価活用の方向性や環境影響評価との関連性等について、実務上の提言を行った。
環境に対する経済評価手法は環境財・サービスに直接関わる市場価格を最大限に利用する「市場価格法」、関連市場や代替市場の価格より環境財・サービスに対する支払意志額を求める「潜在価格法」、及びアンケート調査等により環境財・サービスに対する人々の支払意志額を直接ヒアリングする「サーベイ法」の三種類に大別できる。
容易に適用できる手法 (市場価格法) |
1.直接に関連した財・サービスの市場価格を利用する手法:
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2.顕在的支出額を利用する手法:
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データの程度により適用できる手法 (潜在価格法) |
1.代替市場(surrogate-market)価格を利用する手法:
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2.潜在的支出額を利用する手法:
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より多くの調査を要する手法 (サーベイ法) |
1.仮想的評価(contingent-valuation)法:
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2.コンジョイント分析(conjoint-analysis) |
農林業プロジェクトにおける環境財・サービスの価値
1) 直接的経済価値(内部経済)
直接価値とは人間によって直接利用されたり収穫される生物資源の価値である。これらの価値は農林業における生産活動を観察し、資源の集積場所をモニタリングし、輸入・輸出統計を調べることで容易に計算できる。直接的経済価値はさらに消費的利用価値と生産的利用価値とに分類される。
2) 間接的経済価値(外部経済)
間接的経済価値とは、環境システムや生態系のサービス機能などによってもたらされる経済価値である。これらの利益は通常の経済的な意味での商品やサービスではないので、GDPなどの国家の経済統計などで表されることはない。しかし、もし生態系が破壊されて自然産物の利用が不可能になれば、別の代替資源を見いださなければならず、膨大な出費を招くだろう。間接的経済価値は、非消費的利用価値、潜在的利用(オプション)価値、存在価値に分類される。
グッド・プラクティス事例からの教訓
開発途上国の農林業案件に環境経済評価を試みる際の最大公約数的重点事項を整理するとともに、更なる改善に向けての提言を行った。
1) 統計処理・分析のための専門的知識
多くのステークホールダー、利用者、地域住民等に関わる多種多様の環境関連あるいは社会経済関連データを収集し、何らかの統計的処理を行う必要がある。サーベイ法では、アンケート調査等で地域住民に支払意志額を直接問うため、返答回収後の膨大な統計的作業が重要となる。また、旅行費用法においても、観光・訪問者関連資料が整備されていない場合には、同様のアンケート調査や統計処理が求められる。統計処理・分析においては、統計学とシステム・アナリシスに関わる高度な知識が不可欠である。
2) 環境分野と社会経済分野の適切な連携
環境を対象とする経済評価においては、環境科学、経済学の両分野に精通した人材が必要である。両分野の専門家が目的意識を共有し、評価フレームワークや必要データを網羅した調査計画を早期に準備・確認し合うことが肝要である。
3) 精度が高く信頼性のある情報・データの確保
環境の経済評価を適切に実施するためには、事業対象地域内外の自然環境や社会経済現況に関する詳細情報が不可欠である。中長期的には、必要となるデータが適切に蓄積されるシステムを構築したりデータのサンプリング手法を確立するための地道な技術協力や資金援助を検討しなければならない。短期的には、地域住民からの聞き取り調査により補足したり類似事例における蓄積データを援用することで、担当専門家が可能な限り現実的な判断を下すことが求められる。
4) プロジェクト・サイクルや開発調査段階ごとの環境経済評価レベル
計画段階での導入は当然であるが、実施段階の中間地点でも事業効果のモニタリングを行ったり、事後評価の一つのコンポーネントとして実施しすることも非常に有効と考えられる。専門家や調査経費が確保できさえすれば、データ収集や環境影響の貨幣価値化が比較的容易に進むと予想される。一方、計画段階での実施においては、データ収集上の課題がある他、計画構想立案、マスタープラン調査、フィージビリティ・スタディ、基礎・詳細設計等の各段階において事業計画そのものの熟度が異なることから、環境経済評価の精度や対象範囲も異なってこよう。
5) 環境経済評価のためのフレームワークや算定モデル式の構築
データ収集が重要であるが、闇雲にデータを集めることは調査期間を費やしてしまうことになる。できるだけ早い段階で対象とする環境項目、評価の考え方、評価手法、評価手順、算定モデル式、計算仮定、経済評価基準等からなる評価全体のフレームワークを構築し、その中で必要となるデータの種類、精度、データ年度、可能な情報源等を明確にしておくことが必要である。
環境内部化の全体的評価方法としての費用便益分析
各種事業に対する従来の経済評価でも用いられてきた「純現在価値」(NPV)を求めるための計算式にBe、CeあるいはCpを加え環境を内部化したものであるが、このように便益や費用の比較により対象事業の経済効率性や資源の利用効率性を経済学的に評価する一連の方法は「便益費用分析」(Benefit-Cost Analysis, BCA)または「費用便益分析」(Cost-Benefit Analysis, CBA)と呼称され、この分析結果に基づき事業規模や代替開発案が決定あるいは修正されるのが合理的であるとされている。
NPV=Bd+Be-Cd-Cp-CeBd=プロジェクトからの直接的便益
Be=外部的便益(環境的便益を含む)
Cd=プロジェクトにかかる直接的費用
Cp=環境保全・補償にかかる費用
Ce=外部的費用(環境的費用を含む)
2.サバ州キナバル山周辺地域における持続的森林利用オプションの環境・生物多様性評価
背景
陸上の生物多様性は、森林の消失や劣化を主要な原因として減少しつづけており、生物多様性を保全しつつ森林を利用する仕組みが求められている。この研究では、過去の森林利用とそれを変化させた社会・経済的要因、それが生物多様性に与えた影響、および生物多様性の減少によって失われる生態系サービスを明らかにする。また、伝統的で持続性が高いといわれている利用方法を含め、各種の森林利用オプションの生態学的・社会経済的評価を行うことで、持続的な利用方法をさぐる。
研究目的
- 森林利用によって変化する生物多様性の実態を明らかにする。
- それらの森林利用や生物多様性の減少をもたらした社会的・経済的・生態学的要因を明らかにする。
- 生物多様性の減少が人間社会にもたらす影響を評価する。
- それらを基礎として、持続性の高い森林利用のために必要な条件を明らかにする。
対象地域
マレーシア・サバ州キナバル国立公園およびその周辺(熱帯山地林)
研究内容(利用形態の異なる森林生態系の経済評価)
キナバル公園、Damakot Forest Reserve等を対象に、様々な価値を持つ森林生態系を経済的に評価するとともに、その結果を踏まえ、生物多様性レベルの違いによる二酸化炭素吸収・固定機能や経済的付加価値を調査し、最適な持続的森林利用オプションやCDM導入にあたっての基本的評価軸を社会経済的視点から考察する。
森林生態系機能の整理
通常の生態系の価値は「利用価値」と存在価値、選択価値、遺贈価値等の「非利用価値」に大分類できるが、調査対象地域の森林生態系についても、経済的評価を試みる価値項目を次のような機能別に整理する。
<利用価値>- 野生生物の遭伝子資源活用による医薬品開発等の健康面への貢献 ・作物品種改良や林産水産資源供給等の食糧・産業への貢献 ・治山・治水機能、保健休養機能、ヒートアイランド現象の緩和、水質大気浄化等の生活環境、観光への貢献
- 歴史的遺産としての生物多様性、生態学的学術価値、自然景観価値等
経済的評価手法の抽出
そして、それぞれの機能について、蓄積された関連資料・データの有無や信頼性に基づき市場価格による手法(生産高変化法、へドニツク法、旅行費用法、代替法等)、あるいは人々の「支払意志額」を直接確認するCVM(contingent Valuation Method、仮定的評価法、仮想市場法)の中から最適な手法を検討し、具体的な評価試算モデルを構築する。
ショートカット・アプローチの採用
対象地は面積が広く多様なビオトープから構成されるため、経済評価を効率的に行う一つのアプローチとして、どこか一箇所の生態系について経済評価をまず実施し、そこで得られた単位面積当りの経済的評価額を原単位とし、調査チームが構築する定量的「生態系評価指標」に基づき他の生態系についてもその価値を計算するといった簡便な方法を採用する。
調査方法
アンケート調査に加え、それぞれの森林生態系機能の評価額計算モデルに必要な資料やデータの一部を、キナバル国立公園管理事務所、サンダカン森林研究所図書室等で検討収集した。しかし、多くのデータが未整備であり入手できなかったため、それらの有無確認や情報源提供について共同研究者等の協力を依頼した。
現地調査に向け、入手できた資料やデータの国内解析を継続すると共に、アンケートの調査方法及び質問事項の改善を行う。また、他の調査団員のアウトプットや方向性を確認し、当研究調査との整合性や連携性を明確にする。そして、必要データの有無や効果的活用の可能性を勘案し、適用する経済評価手法や計算モデルの再検討を行う。